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抗がん剤治療に革命をもたらすがん幹細胞の発見 |
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がん細胞にもがん幹細胞が存在するということが判明したのは,つい最近のことです。
幹細胞とはそれぞれの臓器や組織に,分化,成長することができる元となる細胞のことをいいます。
2007年には,京都大学の山中教授が,皮膚由来の体細胞に数種類の遺伝子を導入することによって,すべての細胞に分化可能な人工多能性幹細胞すなわちiPS細胞の開発に成功しました。
このiPS細胞の開発の成功は再生医療などの分野において,革命をもたらそうとしています。
がん細胞にも,その元となるがん幹細胞が存在することがあきらかとなり,がん治療,抗がん剤治療に革命がもたらされようとしています。
幹細胞は,分裂して自分と同じ細胞を作り出すことが可能なだけでなく,様々な細胞に分化できる能力を持っています。
これまで,がんにおいても,幹細胞の性質をもったごく少数のがん幹細胞を元に,がんが発生するのではないかという仮説がありましたが,なかなか発見できませんでした。
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しかし,1997年,ついに急性骨髄性白血病においてはじめて白血病細胞にも幹細胞が存在することをつきとめることができました。
その後,胃がん,乳がん,大腸がん,悪性黒色腫,頭頸部がん,悪性脳腫瘍,肝臓がん,前立腺がんにがんの幹細胞が次々と発見されたました。
このようにがん幹細胞が次々と発見できるようになったのは,検査機器や分析装置の進歩によるところが大きいといえるでしょう。
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化学療法や放射線が効かないがん幹細胞
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すでにご存知の方も多いとは思いますが,抗がん剤や放射線はがん細胞が細胞分裂しようとしている時に,がん細胞を破壊できます。
ところが,このがん幹細胞は細胞分裂が遅く,ほとんど細胞分裂していない状態が多いのです。
したがって,抗がん剤や放射線は多くのがん細胞は破壊できても,このがん幹細胞だけには効果を発揮することができません。
抗がん剤治療後,エックス線などの画像診断上,がんが見えなくなったことを完全奏効といいますが,完全奏功となっても,そこには目にみえないがん細胞が生き残り,再発することはよくあることです。
これまで,この生き残った細胞は,抗がん剤に強いがん細胞であると考えられてきましたが,実は抗がん剤や放射線の攻撃にあっても,生き残っていたのはこのがん幹細胞ではないかと考えられるようになりました。
さらに,がん幹細胞は細胞分裂をあまりおこなわないという性質だけでなく,活性酸素から自身を守る仕組みを持っていることがわかりました。
放射線はがん細胞の中で,活性酸素を発生させ,DNAを分断することでがん細胞を破壊します。
また,NK細胞などの免疫細胞はグランザイムという物質をがん細胞に放出し,アポトーシス(細胞自死)を引き起こす一方,活性酸素をがん細胞の中に発生させ,がん細胞を破壊します。
しかし,がん幹細胞は強力な抗酸化能力を持ち,このような活性酸素の攻撃から自らを守ることができるのです。
細胞分裂をほとんど行わないことや,活性酸素から身を守るの能力を持っていることが,がん幹細胞の驚異の生存能力を支えていたのです。
しかも,やっかいなことにがん幹細胞は細胞分裂をしない状態が多いといっても,分裂しないわけではありません。
時として,自らと同じがん幹細胞として分裂することもあれば,普通のがん細胞としても分裂するのです。
そこで,放射線,抗がん剤,免疫細胞の攻撃をもくぐりぬけたがん幹細胞は,再び同じ場所で,あるいは異なる場所で,がんの再発や転移を引き起こしていたのです。
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進むがん幹細胞の研究と見えてきたがん細胞根絶に向けた有効な治療法 |
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がん幹細胞はたとえるならば,がん細胞という集団の親玉ともいえますし,黒幕ともいえます。
これまではこの黒幕の存在がわからなかったため,その子分は倒せても,その親玉はなかなか倒すことができず,抗がん剤治療の効果も限定的なものでした。
しかし,これからはこの黒幕であるがん幹細胞の研究から,その性質や弱点が解明されることで,がんの治癒率は大幅に向上していくことでしょう。
事実,このがん幹細胞にダメージを与える薬剤はすでに完成していると言ったら驚かれるでしょうか?
その薬剤は「サラゾスルファピリジン」という医薬品で,「スルファサラジン」「サラゾピリン」「アザルフィジン」などとも呼ばれています。
この医薬品は胃腸炎,潰瘍性大腸炎,クローン病,関節リューマチなどの治療薬として20年以上も前から使用されていました。
この医薬品ががん幹細胞にダメージを与えることができるということをつきとめたのは慶応大学の佐谷秀行教授です。
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がん幹細胞の特徴と抗酸化機能 |
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がん幹細胞が抗酸化の能力をもって自らを守っているということはすでに述べましたが,その抗酸化のメカニズムもすでに解明されています。
がん幹細胞に限らず,細胞の表面にはタンパク質の突起のような分子がたくさんあります。
その突起には信号を細胞に伝えるアンテナのような役割をもつものや,取入れたタンパクをペプチドとして免疫細胞に提示するものなど,様々な機能があります。
このがん幹細胞の表面にはCD44というタンパク分子がたくさんあります。実はこのCD44はXCTと呼ばれるタンパクをその窪みに固定することにより,アミノ酸の一種シスチンを取り込み,強力な抗酸化作用のあるグルタチオンに変換し,活性酸素から身を守っているということが解明されました(下図参照)
この中で,たとえるならばXCTは抗酸化物質グルタチオンのもととなるシスチンを取り込むポンプのような役割を果たし,CD44はそのXCTを固定し,安定して機能させるためのアンカー(錨)のような役割を果たしています。
慶応大学の佐谷秀行教授は,このXCTのポンプとしての機能を抑えることができれば,抗酸化物質グルタチオンは生成されず,がん幹細胞は酸化され,ダメージを与えることができるのではないかと考えました。
そこで,彼は世界中のあらゆる医薬品の文献を調査したところ,先ほど示したサラゾスルファピリジンがこの機能を持っていることをつきとめたのです。
マウスの実験ではこのサラゾスルファピリジン(スルファサラジン)を胃がんのマウスに投与したところ,がんの成長を大幅に抑えることが出来ました。
また,乳がんのマウスにもこのサラゾスルファピリジン(スルファサラジン)を投与ところ肺への転移が抑制できたのです。
現在,この薬剤をがん患者に投与し安全性を確かめる臨床試験が,国立がん研究センター東病院で胃がんの患者を対象に開始されています。 しかし,残念ながら今のところ,この治験への一般公募はおこなわれていません。
一般に新しい医薬品の開発は基礎研究からはじめて,承認されるまで最低でも10年はかかるといわれています。
ところがこの薬剤はすでに,開発済みの医薬品なので,基礎研究や動物実験を省略し,短期間で承認される可能性が高いのです。
この医薬品はがん幹細胞の抗酸化作用を止めるはたらきがあるので,放射線治療や活性酸素を発生させる抗がん剤の投与によって容易に死滅させることが可能であると推測できます。
がん患者にとってはいち早くこの薬剤が抗がん剤として承認されるよう期待したいところです。
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がん幹細胞に対する抗がん剤の効果を向上させる研究
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がん幹細胞が,抗がん剤や放射線治療に対して抵抗性を持ち,生存できるのは抗酸化能力と細胞分裂をあまりおこなわないからであるということはすでに述べましたが,細胞分裂を強制的に行わせることで,抗がん剤の治療効果を高めようという研究も進んでいます。
九州大学では,がん幹細胞を静止期にとどまらせている原因が,がんの幹細胞のタンパク質Fbxw7であることをマウスの実験により,発見しました。
慢性骨髄性白血病モデルマウスで人工的にFbxw7タンパク分子を欠損させると,白血病のがん幹細胞ではほとんど細胞分裂みられなかったものが,増殖をはじめ,抗がん剤で死滅させることにと成功しました。
九州大学ではこの新しい方法を「静止期追い出し療法」と命名しています。
このタンパク分子Fbxw7は白血病細胞だけでなく,他のがん種の幹細胞にも存在していると考えられ,このFbxw7を阻害する薬剤が開発されれば,がんの治癒率は劇的に向上することが予想されます。
今後,抗がん剤の研究は,いかにこのがん幹細胞を死滅させることができるかという方向に向かい,これまで防ぐことが困難であった再発や転移もおさえられるような治療が可能となるかもしれません。
がん幹細胞の発見はがん治療に革命をもたらす可能性も見えてきました。
「『抗がん剤は効かない。』というのはもう過去の話」という新たな時代を迎えようとしているといっても過言ではないでしょう。
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